2015年
7月
28日
火
※少し前に記したもの。upする時間がなかった。
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ファミリー礼拝の説教「K子プロジェクト発信」の「K子」さんこと〈恭子姉〉を病室に訪ねた。
91歳の長老・K兄がiPadを取り出し、ホームページの写真を見せて下さったりして、旭東教会の夏祭りとも言える、ミニサマーフェスティバルの様子も伝わった。
『週報』をお渡しし、そろそろ失礼しようとした頃、恭子姉が言われた。「なんか〈うちの教会〉ていう感じが戻って来たなぁ」と。
うれしい言葉だった。
かつて無牧師状態になっていた教会に赴任した際、長年教会を支えて来られた当時50歳過ぎの男性が「○○君、うちの牧師って言う、この響きがいいなぁ。こう言えることが嬉しいなぁ」と仰ったことと重なる。
さて、家路に着こうとK兄と共に部屋を一歩ふみ出した時、思い掛けず奥のカーテン越しからか細い声。
「先生ありがとうございました。全部聴いていました」。
慌てて戻り、カーテン向こうに進み顔をのぞかせると耳の大きなダンボならぬ白髪の老婦人の姿。
少し前まで居られた、軽い認知症かなぁと思われた方とは違う。
夏の土曜日の夕べ、思いがけない余韻の残る力を頂いた。
2015年
7月
27日
月
『「K子プロジェクト」が意味すること 』
旭東教会 牧師 森 言一郎
※「東中国キリスト者障害を共に学び共に担う会」から『シャローム』誌への巻頭メッセージの依頼を受けて過日お届けしたものです。
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主人は言った。『通りや小道に出て行き、無理にでも人々を連れて来て、この家をいっぱいにしてくれ。
(ルカによる福音書
14章23節)
はじめまして。4月から岡山市東区、1969年までは西大寺市と呼ばれていた地域にある旭東教会に日本最北の町稚内から参りました森言一郎です。旭東教会でも「きしょうきょう」という言葉がときどき聞こえて来ます。
少し難聴傾向のある私には「気象庁」とも聞こえましたし、ワープロ変換がヘンテコになると、「気性凶」とも出ました。
あらためて『シャローム』誌をじっくりと眺めると、「東中国キリスト者障害を共に学び共に担う会」という意味深い名が正式名称なのですね。学ぶに留まらないところが素晴らしい!ゆっくりとご一緒させて頂きます。
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旭東教会に赴任してから出会ったある牧師の先輩からこう語りかけられました。
「インターネットで公開されている森先生の説教をときどき聴いているよ。でも、掴みだけで10分。まったくもぅしょうがない。そのあとの話も、どこか摘まみ取ってネタにでもと思うんだけど、これが全然使えない。西大寺のどこそこに出掛けて・・・・・・なんてことがしょっちゅう出てくる。困ったもんだ」と。
この説教原稿も既に400字を越えていますが、実は私、会長の難波幸矢さんから「いらっしゃったばかりなのにすみません。原稿お願いします」という電話を受けたとき小さな抵抗をしました。
「せめて例会か何かに一度でも出席させて下さい。皆さんの顔が思い浮かぶようになって、それから・・・・・・」と。かないませんでしたが。
直前に紹介させて頂いた先輩の「森の説教は使えない」というお言葉。私にとっては最高の褒め言葉と受けとめました。
それは、どこででも語れる説教は説教ではない。読みものとしての説教も説教にならないのでは、というのが牧師として20数年歩んで来ての現時点での結論だからです。
この『シャローム』での言葉も、説教になり得ないことを恐れます。ですから、一つの出会いと取り組みをご紹介して、務めを終わらせて頂きます。
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冒頭に掲げましたのは、主イエスによる「大宴会のたとえ話」の終わりの言葉です。ここでの「宴会」。それは私たちの「礼拝」であり「教会」そのものです。
いつでも礼拝に行ける。また次があると考えていた人々はそれらしい理由をつけて「宴会」には足を向けませんでした。約束を破ったのです。
主人であるイエスは、この時、怒りを露わにして言われました。【通りや小道に出て行き、無理にでも人々を連れて来て、この家をいっぱいにしてくれ】と。
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私は今、小さなプロジェクトを立ち上げ、じわりじわりとそのプロジェクトを深めて行こうと努力を始めました。
これが楽しい。役員会に報告して命名したわけでもありませんから、身勝手な取り組みですが、それでもキリスト者のわざと信じて励んでいます。
それは「K子プロジェクト」といいます。
K子さんの体調は決して思わしくないですし、歩くことすらままなりません。福岡から引っ越して来られてから5年程のはずですが、入退院が続いています。
旭東教会には福岡県の教会から2012年7月に転入会。しかし、思うにならないお身体のこともあり、教会からも礼拝からも遠ざかっておられました。
しかし、不思議なお導きがあるものです。K子さんと私。なんと以前からの知り合いなのです。詳細を記すいとまはありませんが、一度だけ、K子さんがまぶしく輝いていた頃に、私はお目に掛かっていました。
あれから15年以上が経過して再会したのです。「ベッドから簡易トイレに移る時必ず看護師を必ず呼んで下さい」と叱られる程に弱られているK子さんがベッドの上におられた。
「このままじゃ息子に迷惑かけるばかり、だから……」とK子さんはお目に掛かると度々口にされます。
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福音書の中に、担架に乗せられた、ある障がいをお持ちとお見受けする人が、4人の人に運ばれて来て、会堂の屋根をぶち破ってイエスさまの所に吊り降ろされる物語があります。
私たちは今、あのみ言葉を生きる者に本気でなりたいと願っています。何としてもK子さんと教会のみんなと同じ空間でご一緒したい。それが「K子プロジェクト」です。
そのプロジェクトを牧師独りで出来るはずがありません。ですから、昨年のクリスマスに受洗された3人の方たちをお誘いし、長老と共に入院先のお部屋を訪ねて、K子さんとお話を始めました。
K子さん、「恥ずかしいなぁもぅ」と言われながらも、お話をしていると顔色がみるみるよくなります。
元々、お身体は不自由でもお口は軽やかに回るK子さん。訪問者の一人が、くしくも「おしゃべりセラピーですね」と命名したように、おしゃべりは癒しの力を生み出します。そして、不思議なほど、人生のたいせつな事柄について思いめぐらさせられる会話が引き出される空間が生まれるのです。
それがK子さんを囲む時に私たちが経験している出来事です。
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これは私たちの宣教のかけらに過ぎないかも知れません。しかし、そのかけらに、私は重みを感じています。
目標を抱きながら生きる時、私たちは希望を見いだせます。新しく生まれ変われるのです。K子さんだけではありません。誰もが同じです。
だから、【無理にでも人々を連れて来て、この家をいっぱいにしてくれ】というイエスさまのお言葉を真に受けて、私たちは少しだけ無理してみたい。ちょっとの勇気を持ち直したい。キリスト・イエスのお言葉ですから、やってみようと思うのです。end
上の写真は、本Blogの内容に重なる説教をしたときのものです。
http://kyokuto-words.seesaa.net/で聴くことが出来ます。K子さんの声もアップロードしています。
2015年
7月
22日
水
経済評論家でTVのクイズ番組などにも出ているらしい勝間和代さんという方がいる。
我が家にはTVがない。そのため、勝間さんのTVでの活躍は当然知らない。
きょうの大相撲夏場所、新大関照ノ富士と白鵬戦は携帯の数インチの画面で見つめていたし、女子のワールドカップサッカーもそうだった。
勝間さんの無料メルマガを読み始めてかれこれ5年以上。
全く違う分野で、そうとうに活躍しその実力も認められ、さらには麻雀、バイク、ゴルフと遊びも大切にする彼女の発信に、なるほど、と思わされることも少なくない。
何より、彼女のブログ。毎日の発行で、しかも、わたしのものと違って短くて直ぐに読み終えられる。
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7月15日の勝間ブログにはこう書かれていた。
【元気に生きていられるのも、あと30年ちょっとでしょうから、毎日、これからの残り人生の何パーセントを何に使うのかと思うと、いろいろ悩みますし、考えるところが大きいです。
なので、最近決意しているのは「自分が望まないことに時間を使わないこと」です。もう、死ぬまでのカウントダウンが(私の中では)始まっていますから、余計なことに使う時間が無くなってきました。
加えて、いつ死ぬかわからないと思っていますから(実際、同級生や身近な方が亡くなってくることがふえてきました)
「迷ったら、やってみたいことはやってみる」ということにしています。お金をお墓にもっていけるわけでもないし、また、いつ、明日から動けなくなるかわからないわけですから……】
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この号、妻に紹介した。すると、いつもより良好な反応。
そして勝間さん自身の最近のBlogに、【こちらのメルマガが、各所で反響が大きくて、驚いています】と補足があった。
わたしたちの年齢、つまり50歳前後になると、このような気持ちになるのは考えて見ればもっともであるし、考えなければならない、と本当に思う。
60、70、80とならなければわからない領域があるのは当然のことだろう。
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しかしその一方で、無駄と思うような時間も必要だし、これまで経験してきたように、「遠回り、回り道、寄り道」が、人生の肥やしとなるのも本当だ。
イエスは最後まで、「遠回り、回り道、寄り道」路線を進まれたようにも感じる。
何より今の自分を形作り、聖書の読み方や説教のことばに、この「遠回り、回り道、寄り道」が明確に影響していることに最近気付いている。
とは言え、勝間さんの言葉を自分なりに解釈すると、50台も半ばの我々は、そろそろ、「遠回り、回り道、寄り道」ばかりはして居られない、ということを自覚しなければならないのだろう。
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そんなことを思っていたら、今度は、勝間さん。
【コネと実力、どちらが大事かという話がありますが、私はコネファースト、実力セカンド だと思っています。なぜかというと、コネがないと、そもそも「実力を発揮する機会」すらえられないからです】というメールを送ってきた。
【特に若い人は「コネ」を馬鹿にする傾向があると思いますが、ぜひ、「コネファースト」を肝に銘じて、コネ作りに励んでほしいなぁ、なんて思ってしまいます。】と続けるのだった。
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今のわたし。
ビジネスの社会に生きているわけでもなく、彼女の言葉をそのまま鵜呑みする必要もない。
だけれども、実は彼女の発信は、そうとう考えさせられるものだと思うのだ。
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「コネ」とは人間関係のことであり、まさに、人と人の出会いの足跡からしか生まれないものだと思う。
だとしたら、「コネ」とは実に豊かな財産。
しかも、よそさまのコネの恩恵にあずかるのではなく、自身が汗をかいて涙を流してきた出会いの中で、時を経て濾過されて残っている「コネ=繋がり」は、実に貴重なものだと思う。
あるフォークシンガーが、【見知らぬ人の傷みも 見知らぬ人の祈りも 気がかりにならないだろう 見知らぬひととならば】と歌っている。
偶然ではなく、わたしが大切にしたいと思い、実際そうしてきたものは、イエス・キリストを通じての関係性の中での出来事であり、勝間流に、世間の言葉で言えば「コネ」なのかも知れない。end
2015年
7月
14日
火
旭東教会が立つ西大寺。この町は本当に暮らしやすい。
引っ越して来て3ヶ月が経ったけれど、その思いは深まってきた。
岡山の中心地に行かなければ買い物が出来ないわけでもなく、お医者さまも、余程のことがなければ、1時間を超えて病院へ、なんて言うこともなさそうだ。
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西大寺という町の名はこれまでのわたしの人生に登場したことはなかった。
ま、これは、稚内にしても、高田にしても、その他各地の教会も同列だ。
季候はと言えば、稚内と較べるまでもなく穏やかである。だって瀬戸内海に面してますもの。
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稚内では8月の中旬位から冬支度が始まる空気が流れはじめていた。
「春」「夏」「秋」「冬」「真冬」という《四季》ならぬ《五季》で、夏は本当にあっという間に駆けていったものだ。
ここ数日、猛烈な暑さが日本列島を襲いはじめて、北海道の気温分布図も容易にPCでみることが出来る。
帯広や北見、旭川、札幌が30℃を超えようとも、稚内はびくともしない地域だ。たぶん今年も25℃を超えることは一度くらいではなかろうか。
彼の地では、25℃を超えた途端「暑くてたまらない。30℃なんて考えられない」という声がよく聞こえて来た。
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西大寺市は1969年迄存在した市だということも私的には相当ポイントが高い。
だって、50年近く前まで、ひとつの市として機能していた町がここにはある、ということなのだから、だいたい何でもあるということだろう。
1969年当時の人口は48,500人だという。地域性がある程度明確にある所、そして、○○ニュータウン、というような町ではなく、ある程度の歴史があるところは、わたしにとっては嬉しいこと。
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岡山で住まいをさがす方、引っ越しを考えている方が居られたら、JRでも岡山駅まで20分以内で着くとろで、あちこち比較してみると良いと思う。
岡山の中心地に向かう利便性だけでなく、瀬戸内市方面、牛窓、邑久、長船という地域や備前市、和気町の豊かさも考えると、本当に見落としてはもったいないところではないか。
教会探しも、岡山の中心地でという方が多いような気がするけれど、実にもったいないことだと思う。旭東教会がある西大寺、日曜日の帰りの買い物にも絶対に困らない。
スーパーは、天満屋、リョービプラッツ、生協、マルナカ(イオン)、JA系スーパー、JA直売所、ハローズ、さらに少し足を伸ばせば、二つ、三つとあるのだから。
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魚の話のつもりが横道にそれっぱなしだった。
詳しくはいずれまた記そうと思うけれど、当然ながら、岡山のしかもこの西大寺に暮らし始めて食卓にのぼる魚が変わった。
生まれ育った家では鯛(タイ)の丸焼き(というのか?尾頭付き)は、正月に出てくるだけで、それ以外は、アジ、サバ、アジ、サバ、ブリ、クジラみたいな感じだった。
朝はめざしかミリン干しだった。
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本当にビックリなのが鯛(タイ)だ。
長さ30㌢には満たないけれど、かなりの厚みがあるものが300円を切る値段で、とあるスーパーでは当たり前に売られている。
これ特売ではない。
塩焼きにするとたまりませんな、これは。腐っても鯛は違う意味かも知れないけれど、とにかくうまい!
二人家族のわたしたち。鯛一匹を分け合って夕食に頂くと、終わりの頃には、もう入りません状態になる。
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過日は、平目だった。
とある方が、わたしたちがいつもお世話になっている魚屋さんで一緒に買っておきましょう、ということで声掛け下さった。
この刺身もよかった。
鰆(サワラ)だっておいしい。
鰯(イワシ)だって焼いても煮ても(梅ジャムを使うとこれがまた素晴らしい、妻がするのだが)最高!ということになる。
これらのお魚。
瀬戸内海がすぐ近くにあって、何か、絵を思い浮かべながら頂くからうまいのだろう。
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いやー、(誰に対してかわかりませんが)どうもスミマセン。
感謝だなぁと思うこの頃である。
妻もおかげさまでだいぶ元気になってきました。end
【追伸】
秋のあぶらの乗り始めた鰆(サワラ)が、またたまらないらしい。