数日前のこと。
市内のホテルのチャペルでの結婚式の司式に向かった。
数ヶ月前、ホテルのスタッフからの相談を受け、見晴らしのよい最上階でのスカイチャペルを造りに協力。
掛布はこうしてとわが家にあったものを届けて使って頂いたりしていたので、その他のあれこれも含め、スカイチャペルの仕上がり具合が楽しみだった。
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直前に行うリハーサルの時には気づかなかったが、お式の本番の指輪交換時、新郎くんの指先をみて「おー、いいなぁ」とじわーんと感動した。
爪の手入れが行き届いている彼の指先。
しっかりと油にまみれて黒ずんでいたのだった。
お式が始まる前に、お二人に馴れそめを聞いた。すると、数年前に、後輩として花嫁が入社し、結婚するに至ったと教えてくれた。
つまり社内結婚ということ。
ということは、旦那さまの仕事の内容を花嫁は知り尽くしているということだろう。
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言葉数の少ないタイプに見えた新郎くんの指先は、「俺がしっかり働いて、家庭を守っていくからな」という思いを十二分に表しているように感じた。
これがオレなんだ、と何よりも雄弁に、ひと言も発しないのに証していた。
これまで、本当に多くのカップルの結婚式の司式に臨んだけれど、彼のような指に触れたのは間違いなく初めてのこと。
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そして、わたしはふとイエスの指先を思った。
イエスの手のひらの傷は思を描いたことがあったけれど、イエスの指先を思い巡らしたことはなかった。
イエスの指先は、石鹸で洗ったうつくしさ等とは無縁のものだっただろう。
ゴツゴツとした、生活感に満ちた指であり腕だったのではないか。
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もう一つ、じんわりとしたことがあった。
新郎さま側のお席の最前列には、お父さまとおばあちゃまが居られた。
最初はその程度のことし気づかなかった。
が、式が進むにつれて、目に入ってきたものがあった。
宗谷本線の始発駅、JR稚内駅を見下ろせる窓辺に、小さな写真立て。
そこには、新郎くんのお母さまらしき人の姿があった。
お母さまがどうされているかは推測するしかない。
けれども、新郎新婦が腕を組んで退場する直前、祝福の祈りの締めくくりに、「ここに思いを寄せながら、集い得なかった愛するすべての人々の上に、祝福が限りなく、とこしえにありますように」といつものように添えられて心からよかったと思うのだ。
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わたしが両手を上げた祝福の祈りの最中だっただろうか。
稚内の港から、汽笛が二度鳴った。
二人の人生の大海原への出航が祝われた、と信じた。end